はしがき

(翻訳)ペッレグリーノ・アルトゥージ『調理の知識とおいしく食べる方法』(2)



はしがき


 料理するのは、やんちゃな子どもの相手をするようなものだ。たびたびがっかりさせられるかと思えば、喜びを味わうこともある。なぜかと言えば、うまくいったり、難しいところを乗り越えたりすれば、満足と喜びを感じるものなのだから。

 料理の技術を扱った本を信用してはいけない。ほとんどはいんちきで、わかりにくい。イタリアのものはとくにそうだ。フランスのものはまだましだが、それでもあれこれの本から初歩的で役に立つ知識をいくらか引き出すことができる程度だ。調理の技術を知っていれば、だが。

 有名な料理人になりたいのでもなければ、上手に料理するのにシチュー鍋を頭にかぶって生まれてくる必要はないはずだ。必要なのは、熱意と細やかな注意力、そして正確さを身に着けることだけだ。それから、いつでも材料に最上のものを選ぶことも必要だ。材料のよさはあとではっきりする。

 最良の勉強方法はすぐれた専門家のもとで修業することだが、そうでなくても、私の作品のようなものを手元に置いて、本気で取り組めば、なにかをわかってもらえるのではないかと期待している。

 親愛の情を私に向けてくれる知人や紳士からの度重なる要望に根負けして、私はとうとうこの書籍を出版することにした。この書籍で扱っている内容はずいぶんと昔から蓄積してきたものだが、私自身だけが利用してきた。この書籍を提供する私はつつましい愛好家にすぎないが、読者の期待を裏切ることはないと考えている。私自身がここにある料理を何度も試してきたのだから。もし一回でうまくいかなくても、あわてないでもらいたい。強い意志と根気強さが必要ではあるが、やがてうまくいくようになるとお約束する。私も極めるところまで達しているとは考えていないので、読者諸氏が改良を加えられることもあるだろう。

 今回、三十五版で印刷部数が二十八万三千冊に達したことで、おおむね私の料理はおいしいと思ってもらえたと考えてよいだろう。幸運なことに、胃腸の調子を悪くしたとか、ここではとても名前をあげられないようなそれ以外の症状があったとか、手紙で私に訴えてきた人は、これまでにこの国にはわずかにしかいなかった。

 だが、これまで料理法に没頭してきたからといって、私が食道楽だとか、大食漢だとか思ってもらいたくはない。もしそうならば、私はこのような悪い評判に抗議する。どこにあっても、私は美しいものとおいしいものを愛する。私が嫌悪するのは、よく言われるように、神の恩寵が損なわれるのを目にすることだ。アーメン。

Progetto Artusi

Progetto per una traduzione giapponese di "La scienza in cucina e l'arte di mangiar bene" di Pellegrino Artusi

0コメント

  • 1000 / 1000